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時代背景

 朱蒙(東明聖王)が建国し、瑠璃王が継いだ高句麗は、その第3子ムヒュル(大武神王)の時代の積極的な対外侵攻により領土を拡大した。ムヒュルが27年の在位期間に攻略した周辺国家は、扶余をはじめ、劇中にも出てくる楽浪国など広い範囲に及び、強大な中央集権政治体制の基盤を固めたとされる。この背景には、元々の領土の貧しさがあった。高句麗が建てられた卒本地方は現在の中国東北部(満州)に位置する遼寧省にあたり、山岳地帯である。
軍事要塞としては適していたが、耕作地には向かず、食料確保に苦労する場所だ。
面積の広さに比べ人口は少なく、兵も不足しがちのため、より豊かな平地を求めて、
近隣国家、とりわけ南部(朝鮮半島北部)の征服に野心的となったのである。
そして、そのひとつが劇中にも出てくる楽浪の地だった。
 その楽浪は、BC108年に漢の侵入により滅ぼされた古朝鮮の地に設置された
漢王朝の植民地である。楽浪郡・真番郡・臨屯郡・玄菟郡の4郡で「漢四郡」
と呼ばれたが、その中心が楽浪で、中華文明と朝鮮を繋ぐ重要地域として
文化的にも発展していた。当時の人口が40万という記録もあり、高句麗より
よほど富んでいたことが分かる。
 だが、同時に住民の大半を占めた朝鮮族は、支配層の漢族から独立することを
強く望んでいた。その結果が、チェ・リによる反逆である。
 このように、チュモンの時代から「古朝鮮の復興」がこの地の朝鮮族の
強い願いであり、そのため、漢をはじめとする中国王朝との戦い、国家統一のための
戦いが繰り返されていくのである。そうした背景から生まれた悲しい説話が
「楽浪姫と好童王子」だ。 そして、好童王子の死から5年後のAD37年、
大武神王によって楽浪国は滅ぼされた。

時代背景

高句麗(コグリョ) BC37年 朱蒙が建国した国
楽浪(ナンナン)国
漢から独立してわずか7年で滅んだ国
黄海 中国東部と朝鮮半島の間にある海。
西海とも呼ばれる
遼東
中国遼河の東部地域。今の遼寧省東南部一帯
扶余(プヨ) 朝鮮古代の部族国家
蓋馬(ケマ)
高句麗初期、鴨緑江沿いにあった部族国家
句茶(クダ)
朝鮮古代の部族国家。咸鏡道の山間地帯にあった
カルサ、沃沮(オクチョ) 朝鮮古代の部族国家
大同江(テドンガン)
朝鮮半島西部を流れる大河
鴨緑江(アムノッカン)
朝鮮と中国の国境を南北に走る大河
漢江(ハンガン) ソウルの中心部を流れる大河
洛陽 漢の都

漢四郡(ハンサグン)
楽浪(ナンナン)郡、臨屯(イムドゥン)
真番(チンボン)郡、玄菟(ヒョント)
衛満朝鮮が漢によって滅ぼされ直轄地として
置かれた四郡

沸流那(ピリュナ)
椽那(ヨンナ)族、桂婁(ケル)
桓那(ファンナ)族、貫那(クァンナ)
高句麗[コグリョ]を母体とする5部族
鮮卑(ソンビ) 黒龍江[コクリュウコウ]省
付近で後漢[ゴカン]時代に栄えた民族

大将軍(テジャングン) 軍を率いる官職名
王太女 王位を継ぐ王女
左大臣 高句麗の国政最高総括職
右大臣 高句麗の国政及び軍事総括職
将帥 大将



太守 郡の長官
左中郎将(チャチュンナンジャン)
武官職のひとつ
右中郎将(ウチュンナンジャン)
武官職のひとつ
太傅 楽浪の高官の1つ。
天文官 天文を司る官職
丞相 宰相
内史令(ネサリョン)
楽浪国の丞相の補佐官

瑠璃明(ユリミョン)
高句麗二代王琉璃[ユリ]王ともいう
檀君王倹(タングンワンゴム)
古朝鮮を建国した初代の王
東明聖(トンミョンソン)
高句麗初代王の朱蒙[チュモン]
漢皇帝 漢の皇帝

檀君神堂 檀君を祭った神堂