「不滅の国際プロレス1974−1981」竹内宏介 流 智美 監修

奇跡の発見ふたたび!
団体崩壊から25年。幻の「国際プロレス」テレビ東京版映像を遂に発見!
最初で最後のテレビ東京版「国際プロレス」完全版DVD発売決定!

全62試合、参加選手53選手、総収録時間900分、
秘蔵の8ミリ・16ミリ映像も収録!

BS JAPANにて「不滅の国際プロレス」DVD BOX発売記念特番、歴史の証言者達が語る「国際プロレス座談会 東京12チャンネル放送の歴史」
2007年3月4日(日)23:30〜24:00 オンエア決定!

2007年3月7日 DVD-BOX発売!


■WHAT'S NEW!

  • 07.01.30 DISC 2〜DISC 5収録試合追加!
    収録レスラー追加!
  • 06.12.11 ホームページ開設!

■DVD内容紹介

●タイトル

「不滅の国際プロレス1974−1981」DVD BOX
[発売日]07年3月7日  [税抜定価*]19,000円  [税込定価]19,950円
[画面サイズ]スタンダード[カラー/モノクロ]カラー
[総収録時間]900 分(予定)*5枚組

●内容解説

◆1974〜1981年 テレビ東京時代の中後期「国際プロレス」が5枚組DVD BOXで蘇る!!
◆780分の「試合映像」と120分の「歴史の証言者達のコメント」を収録!

●制作からのコメント

今作は国際プロレスDVD企画第2弾にして最終版となります。

今作は国際プロレスのオンエアがTBSからテレビ東京に移行した1974年から団体が惜しまれながら崩壊した1981年までの7年間の貴重な映像を収録しています。
監修の竹内宏介氏所有の8ミリ・16ミリの試合映像も多数収録。
竹内氏の貴重な映像によりTBSからテレビ東京に放映権が移る移行期の試合映像も収録されています。またテレビでは放送が途中終了してしまった試合や、テレビ・オンエアとは違う角度からの試合映像も竹内氏の映像でご覧いただけます。
テレビ東京時代の「国際プロレス」映像は前人達が捜し求めたにも拘わらず、局には保管されておらず“まさに幻の映像”となっていたものです。テレビ東京版のDVDを熱望するファンの声に応えるために、調査&発見、リリースを竹内宏介氏、流 智美氏、テレビ東京、ポニーキャニオンが行い、奇跡的に完全版としてDVD BOXにまとめることが出来ました。
最終版である今作は唯一無二のDVD作品であるだけでなく、「日本プロレス史の文化遺産的映像の発見」であることは間違いありません。今作は1974年5月から、団体が崩壊する1981年3月までの貴重な映像の数々をDISC5枚に収録。
先日惜しまれつつも他界された大木金太郎氏をはじめ故人達の貴重な映像も収録。最終版に相応しく大ボリュームの780分の「試合映像」とBS JAPANで放送される「国際プロレス座談会 東京12チャンネル放送の歴史」のノーカット版を120分収録予定です。
ご期待下さい。

●監修者紹介

【竹内宏介氏】 元月刊ゴング編集長、元全日本プロレス解説者、日本スポーツ出版社編集顧問
【流 智美氏】 プロレス・ライター

●協力

吉原道子

収録内容の情報はポニーキャニオン「国際プロレス」DVD公式HP
ポニーキャニオン携帯公式サイト「昭和プロレス殿堂」で発表していきます。

●BS JAPAN (2007年3月4日23:30〜オンエア)

『不滅の国際プロレス」DVD発売記念特番
歴史の証言者達が語る「不滅の国際プロレス」
出演:ビル・ロビンソン、菊池 孝、門馬忠雄、竹内宏介、流 智美、宮戸優光

●検証 74年から81年までの日本プロレスマット界の大きな流れ

今作は視聴率を見ても昭和のプロレス・ブームのど真ん中の時代の映像です。今作が日本プロレス史の中でどれくらい重要な時代の映像かという検証のために74年から81年までの日本マット界の大きな出来事を並べてみます。

74年はIWA世界ヘビー級王者のストロング小林が国際プロレスを2月13日に退団しフリー宣言。同年3月19日には新日本プロレスのアントニオ猪木と蔵前国技館で力道山vs木村政彦戦以来の約20年ぶりの日本人エース同士の対決を行った。
12月2日には全日本プロレスのジャイアント馬場が鹿児島県体育館でNWA世界ヘビー級王座を日本人で初めて奪取に成功。
75年12月には全日本プロレスが「オープン選手権」を開催。
日本マット界史上空前の豪華メンバーを揃えた同大会に国際プロレスも参加。12月11日にはオープン選手権に参加した外人選手と全日本、国際、旧日本プロレスのレスラーにより「力道山十三回忌追善特別試合」が日本武道館で開催された。
同日、新日本プロレスは蔵前国技館大会を開催。
NWFヘビー級王座を賭けて「アントニオ猪木VSビル・ロビンソン」が初対決。76年は3月28日には蔵前国技館で全日プロVS国際プロの前面対抗戦が実現。勝敗は4勝4敗2引き分けの互角。
同年6月26日、日本武道館で「アントニオ猪木VSモハメド・アリ」の世紀の一戦が開催。同年2月6日のウイリアム・ルスカ戦をはじまりとしてアントニオ猪木の異種格闘技戦が開始。77年は全日本プロレスが「世界オープンタッグ選手権大会」を開催。テリー・ファンクの人気が大爆発。ザ・ファンクスがザ・シーク&アブドーラ・ザ・ブッチャーと優勝戦を戦い、喧嘩マッチをザ・ファンクスが制す。この選手権には国際プロレスも参加。アントニオ猪木はこの年マーシャル・アーツのザ・モンスターマン、ボクサーのチヤック・ウエップナーと異種格闘技戦を行う。天竜源一郎が初渡米武者修行から6月に凱旋。
78年はジュニア・ヘビー級時代の到来。新日本プロレスのドラゴン藤波辰巳がWWWF認定ジュニア・ヘビー級王者として凱旋。
飛龍原爆固めで一大ブームを起す。国際プロレスの剛竜馬がフリー宣言し7月27日の新日本プロレス日本武道館大会で藤波辰巳の王座に挑戦。
同年には原 進(阿修羅原)もデビューしている。3月には全日、国際、韓国による「3軍対抗戦」全3戦が開催。全日、国際、韓国の順位に終わる。6月1日、全日本プロレスの秋田県立体育館で
ジャイアント馬場がK・Tカマタに反則負け。
PWFヘビー級王座39回目の防衛に失敗。
5年3ヶ月保持した初代王座から転落した。
11月25日、西ドイツ シュツッツガルトでヨーロッパ遠征中のアントニオ猪木はR・ボックと対戦。4分10回戦で判定負け。
同日の国際プロレス蔵前国技館大会には新日本プロレスからストロング小林、小林邦明が特別参加。全日本プロレスのレスラーも参加していたため3団体の選手が同じリングに集うこととなる。
1979年8月26日には日本武道館では東京スポーツ新聞社20周年記念「夢のオールスター戦」が開催。超満員の観客を前に3団体のレスラーで全9試合を行った。この夢の祭典では8年ぶりにBIコンビが復活、ジャンボ鶴田、藤波辰巳が初のタッグを組むなど夢のカードが実現された。第8試合では国際プロレス吉原社長の要求で国際プロレス新旧エース対決が実現。ラッシャー木村が新日本のストロング小林にリングアウト勝ち。
同年10月31日にはジャイアント馬場が名古屋・愛知県体育館でH・レイスを破り、第55代NWA世界ヘビー級王座を約5年ぶりに奪取。
11月16日には国際プロレス和歌山大会でラッシャー木村がV・ガニアからIWA世界ヘビー級王座を奪取。第18代世界ヘビー級王者となった木村は団体崩壊まで17度防衛。
80年に入ると新日本プロレス、アントニオ猪木は2月の猪木VS極真空手のウイリー・ウイリアムス戦で異種格闘技戦を一時凍結。
4月にスタン・ハンセンから奪還した第18代NWFヘビー級王座をかけ11月3日には蔵前国技館でハルク・ホーガンと激突。体固めで6度目の王座防衛に成功。12月にはIWGP構想の発表へと動いていく。2月1日札幌大会では藤波辰巳がS・カーンを降して第2代NWAインターJr王者となりWWFと併せて2冠王に。
全日本プロレスは春の祭典「第8回チャンピオンカーニバル」でジャンボ鶴田が初優勝。9月4日の佐賀大会ではジャイアント馬場がH・レイスを破り3度目のNWA世界王者奪取に成功。
一方、国際プロレスには生き残りを賭け、2月18日に日本プロレスの最後のインターナショナル・ヘビー級王者、大木金太郎がテレビ東京主導で入団。10月には鉄人ルー・テーズが国際プロレスに秘蔵の世界ヘビー級ベルトを寄贈。
81年は4月23日の新日本プロレス蔵前国技館大会では猪木がS・ハンセンを降して第19代NWF世界ヘビー級王者に返り咲いたがIWGP推進のため返上。同日、タイガーマスクがダイナマイト・キッドを破って衝撃のデビュー。全日本プロレスでは同日の大阪府立体育館大会で馬場がブルーザー・ブロディを破り第9回チャンピオンカーニバルを3年ぶりに制した。同年、三沢光晴が8月21日にデビューしている。
6月30日にはテレビ東京が国際プロレスの特番枠での放映も打ち切り。
81年は新日本プロレスと全日本プロレスは新日本の外国人レスラー引き抜きを皮切りに全面戦争に突入した年であった。
国際プロレスはあおりを食った形で8月9日羅臼大会を最後に崩壊した。


(C)2007 テレビ東京/ポニーキャニオン